にっきじR

素敵なキラキラ兼業主婦?……ナニソレオイシーノ??

不適切なドラえもん

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雨でたいした予定もない休日はスカパーをザッピングするくらいしかない私。

本日は、TVアニメ35周年記念・ドラえもん名作コレクション|アニメ・特撮|テレ朝チャンネルを3時間ほど流し見ました。

朝の9時から夕方5時まで、CMも挟まずにノンストップ8時間だよ。

 

でもね、でもでも。放送1回分(約20分)が終わるたびに

この番組は制作者の意図を尊重して、放送当初の内容のままでお送りしております。あらかじめご了承ください。

みたいな感じのテロップが挟まれるんだよね。 

 3時間くらい見てたから、10回近くみたよね。正直うざいし、何があったのか気になるよね。

 

で、調べてみたんだが


【画像あり】ドラえもんに"不適切表現"DVDを回収する事態 - NAVER まとめ

 

ほほう。こんな騒ぎがあったのねん。今回の放送とは関係なさそうだけど「おんなじようなモノが発見されてもしらんよ」って前置きだろうね。

 

でもさ、そんな大騒ぎすることないじゃんね。この程度。

「児童にふさわしくない」とかなんとか。

それで回収騒ぎとか。何なんだろうね。

 

2年も前の話を蒸し返すのもどうかと思うけど、私の違和感は次の3つ

 

制作者のちょっとした遊び心で大騒ぎ

不適切とされるカットの一例として、「のびたが勉強しているシーンでノートに保健体育的用語が羅列してある」というものがある。

本編とはほとんど関係のない内容の上、「のびた何勉強してんだよ!www」ですみそうな話。

 

「交尾」と「コンドームー」って不適切なの?

前出のノートに書いてあった単語というのが「交尾」と「コンドームー」。

……

それって児童にとって不適切なの? なんか問題ある?隠す方が問題ない?

知るのが早いか遅いかの問題では? 差別用語とかならともかく。

 

ドラえもんに美しいものを求め過ぎ!

今日流し見した中でもなかなかブラックな話も結構あったぞ。

国民的アニメになると仕方がないんだろうか。

 

 

と、こんなところなんだけど、

考えていたら、なんかだんだん腹立ってきた。ぷんすか。

 

 

「お前にに子どもがいないからそんなこと言えるんだ」と言われること前提で、「不適切」なものを見せないことに何の意味があるのかと問いたい。

 

確かに「子どもにちょっと見せたくないなー」ってのは親としてあるんだと思う。

でもその、「不適切」なものをすべて取り除いて、大切に大切に、美しい、正しい、間違いのない世界で育って、大きくなったら何になるの?

 

ていうか、そんなの可能だと思う?

 

例えば、ちょっと前にあった、マンガの内容を規制しようという法律とかそういうのでなんとかしようってのも、無理があると思うんだよね。

それって「子どもが不適切なものに触れたときの教育が面倒くさいから、根本から排除しましょう。その方が効率いいでしょ」って言ってるようなもんだと思うんだけど。

 

「不適切」なことについて教育するのって面倒だし、大変だし、成功するかどうかなんてわからないから「見るな、聞くな、触れるな」って言いたい気持ちもわからんでもないけど、なんか違うと思うんだよね。

不適切なことは現実にたくさんある。だからその描写が生まれる。

でも、そのマンガやらアニメやらの不適切な表現から、何を感じるか、生きることにどう活かしていくかっていうことを一緒に考えていくのが大事なんじゃないかな。と。

 

なんか、イラっとしすぎて、ドラえもんの不適切な表現からはとんと離れたところで熱くなってしまった。

 

子どもは純粋無垢で邪心なんか抱いていない天使のような存在と思っている人が身近にいまして、その人に相当違和感を持っていたところの、ドラえもんのうざいテロップだったものでヒートアップしてしまいました。

 

 

確かに子どもは純粋だ。

でも、その反対の性質も持っていると思う。それは、子どもも大人もあまり変わらないと思う。

笑顔で近寄ってくる子どもはかわいい。が、きっとその笑顔の中には子どもは子どもなりにいろんなことを考えている。

大人になるにつれていろいろな体験をして、またいろんなことを考える。程度に差はあれ、子どもも子どもなりに一生懸命考えている。

だから、大人と子どもの線引きは純粋無垢かどうかじゃないと私は思う。

それが、その人と私の考え方の違いだと思うんだけど、行き過ぎるとこの人、例の「不適切」排除になりそうだなと思ったんだろうな。私。

 

それが違和感だったのか。納得。

 

そんな私が親になったら、この考えはどうなるのでしょうか。変わるのかどうなのか。

今はわからないので、ここにしたためて、子どもが「不適切」を認識する頃、また見に来たいと思います。